1. リサーチクエスチョン
研究を始めるうえで最初に取り組むべきことは、「自分は何を明らかにしたいのか」という問い(=リサーチクエスチョン)を明確にすることです。特に疫学を含むヘルスサイエンスの領域では、個人の関心や経験に加えて、社会的課題や公衆衛生上の重要性、そして先行研究の流れを踏まえたテーマ設定が求められます。問いを立てる際には、「それは誰の役に立つのか」「どのような政策や介入につながる可能性があるのか」といった臨床的意義や社会的インパクトを意識することで、研究としての意義がより明確になります。
こうして見つけた問いを、明確で実行可能なリサーチクエスチョンへと落とし込む際に役立つのが、PICOという枠組みです。PICOは、Population(対象集団)、Intervention/Exposure(介入または曝露)、Comparison(比較対象)、Outcome(結果)の頭文字を取ったもので、特に疫学や臨床研究においてリサーチクエスチョンの構造化に用いられます。たとえば、「妊娠中の女性(Population)に対して、葉酸サプリメントの摂取(Intervention)が、摂取しない場合(Comparison)と比べて、先天異常の発生率(Outcome)にどのような影響を与えるか」といったように整理することで、研究の焦点がより明確になります。
2. 文献検索・管理
研究の質を大きく左右するのは、信頼できる情報を整理して活かせるかという点です。研究テーマがある程度決まったら、まずは関連する先行研究を集めて読んでみましょう。情報収集の出発点としては、PubMed が便利で、信頼できる論文を検索するには欠かせません。ほかにも Google 検索を活用したり、参考にした先行研究の引用文献をさかのぼるなど、さまざまな方法を駆使して、先人たちの知見を丁寧にたどっていきます。情報収集と文献管理は、単なる「資料集め」ではありません。論文を読み進めながら、「何がすでに分かっていて、何がまだ分かっていないのか」「自分の研究はその中でどこに位置づけられるのか」を意識することで、研究全体の骨格が自然と形づくられていきます。自分がその分野の「最前線」に立っていると実感できるまで、しっかりと理解を深めることが大切です。

文献管理ソフトの導入を強くおススメします。たとえば Zotero や Mendeley、EndNote などを使えば、PDF の整理や引用情報の自動取り込み、Wordとの連携もスムーズに行えます。時間が経つと「なぜこの論文を読んだか」を忘れてしまいがちなので、文献ごとに一言メモを残しておくことも良い習慣です。読みっぱなしにせず、あとで活かせるように情報を整理しておくことを、研究の初期段階から習慣づけておくとよいでしょう。
3. 研究の記録
研究活動において「記録を残す」ことは、自分の思考や行動を可視化し、再現性のある研究を行うための土台となります。アイデアを思いついたとき、解析を実施したときなど、あらゆる過程を丁寧に記録しておくことで、あとから自分自身や他者がその過程を理解・再確認できるようになります。研究は通常、数年にわたる長期的なプロジェクトです。数年後の自分が内容を理解し、同じ結果を再現できるようにすることを常に意識しておく必要があります。記録やメモを残す際には、OneNote、Google Keep、Notionなどのアプリも便利です。
また、データそのものの管理も非常に重要です。ファイル名が「final_ver2_realfinal.xlsx」といった混乱を招く名前になっていないでしょうか。ファイルの命名規則やフォルダ構成、バックアップのルールなどは、研究効率に直結します。OneDrive、Google Drive などのクラウドサービスの活用も効果的です。

私は研究ノートにはOneNote、簡単なメモにはGoogle Keep、プロジェクト管理にはNotionを使っています。自分に合った記録の方法や作業スタイルは人それぞれ異なります。効率よく研究を進めるためにも、さまざまなツールを試して、自分に合った研究スタイルを見つけていきましょう。
4. 研究を加速するツール
ChatGPTなどの大規模言語モデル(LLM: Large Language Model)は、研究の要約、言い換え、背景整理、アイデア出しなどに役立つ便利なツールです。たとえば、PubMedのアブストラクトを貼り付けて「日本語で要約して」と指示すれば、内容把握がスムーズになります。「この研究の目的は?」などの質問を通して、自分の思考を整理するのにも有効です。ただし、生成された情報には誤りが含まれる可能性があるため、必ず自分で内容を確認し、信頼性を見極める必要があります。あくまでたたき台として使い、最終的な文章は自分で構築することが大切です。LLMは、研究者の思考を補助する存在です。うまく活用することで、研究の効率と質をともに高めることができます。

私が良く使うツールを紹介します。Consensusは自然言語で入力したリサーチクエスチョンに対し、それに関連する先行研究を抽出し、研究の結論を比較しながら提示してくれるサービスです。個々の論文にアクセスしなくても、大まかな研究動向が視覚的に把握できるため、文献レビューの効率が大きく向上します。NotebookLMはアップロードしたPDFなどを読み取り、その中から質問への回答や要約を生成します。「この資料で使われた指標は何か」といった形で指示できるため、手元の文書群をインタラクティブに活用できるのが特徴です。
5. 研究のまとめかた
どんなに優れた研究であっても、その中身を正確かつわかりやすく伝えられなければ、他者に理解されず、評価も得られません。研究の構成と伝え方を意識することは、論文執筆や学会発表の場面に限らず、日々の研究活動の中で自分の考えを整理する上でも非常に重要です。
研究の基本的な構造は「背景 → 目的 → 方法 → 結果 → 考察(→ 結論)」という流れで構成されることが多く、これは IMRaD(Introduction, Methods, Results, and Discussion)形式として論文に広く採用されています。背景では「なぜその研究を行うのか」、目的では「何を明らかにしたいのか」、方法では「どのように調べたのか」、結果では「何が分かったのか」、考察では「その結果にどんな意味があるのか」を述べます。この構成を意識することで、論理的で説得力のある説明が可能になります。論文を読む際にもこの構造を意識し、著者がどのように考えを展開しているかを追うことで、思考パターンの習得につながります。

実際に論文を執筆する際は、方法や結果のセクションから書き始めることも一般的です。論文の最終的な目的は、読者に研究の結果とその意義を的確に伝えることですので、結果を先にまとめることで、「どのようにすればこの結果を効果的に理解してもらえるか」という視点が自然と研ぎ澄まされていきます。一方で、結果の重要性を強調したいあまり、元々のリサーチクエスチョンや背景を後付けで変更するのは避けるべきです。
6. 学会参加と発表
研究成果を発信し、他の研究者とつながるうえで、学会発表は非常に重要な機会です。研究の途中経過であっても、発表することでフィードバックを得られ、自分では気づかなかった視点を取り入れることができます。また、他の発表を聴いたり、研究者と会話したりする中で、新しいアイデアや共同研究のきっかけが生まれることも少なくありません。学会発表には主に「口頭発表」と「ポスター発表」があり、前者では限られた時間内で核心を伝えるためのスライド構成や話し方、後者では限られたスペース内で視覚的に研究の要点を伝えるための図表やレイアウトの工夫が求められます。
学会には、国内学会と国際学会の2種類があります。国内学会は初めての発表にも適しており、日本語での発表や質問を通じて経験を積むことができます。一方で、国際学会では最新の研究動向を直接知ることができ、より多様な研究者とのネットワークが広がる点が魅力です。

発表に向けたスケジュール感も大切です。国内学会の場合、要旨提出は4〜6か月前が締め切りで、発表資料の準備・練習は1か月前から始めるのが理想です。国際学会は準備期間がさらに長く、要旨提出が半年以上前に締め切られることもあります。英語での要旨作成や発表スライドの作成に時間がかかるため、国内学会以上に早めの準備が必要です。
7. 論文執筆と査読対応
研究の成果を社会や学術界に発信する主要な手段のひとつが、学術論文としての発表です。論文は、研究内容を他の研究者と共有し、学術的な評価を受けるための公的な記録であり、その多くは「ジャーナル(学術雑誌)」に投稿して発信されます。ジャーナルは分野ごとに無数に存在し、それぞれが対象とする研究領域、求める質、投稿規定などに独自の特徴を持っています。投稿先を選ぶ際には、自分の研究がそのジャーナルの分野に合っているか、過去に類似したテーマが掲載されているかといった点を確認しましょう。必ずしも有名な一流誌を目指す必要はなく、自分の研究が適切な読者層に届くことを重視することが大切です。
執筆では、研究の背景、目的、方法、結果、考察を過不足なく丁寧にまとめ、正確かつ簡潔に伝えることが求められます。英語論文の場合には、投稿前にプロによる英文校正を受けることがほぼ必須といえます。投稿後は、通常、数名の専門家による「査読(ピアレビュー)」が行われます。査読者からのコメントには丁寧に対応し、「どのような指摘があり、それに対してどう対応したか」を記した回答書(レスポンスレター)を提出して再審査を受けます。このやり取りを経て、アクセプト(掲載決定)に至る場合もあれば、その途中でリジェクト(掲載拒否)されることもあります。

査読のプロセスは時に厳しく、リジェクトされることも珍しくありません。むしろ、最初の投稿でリジェクトされるのはごく一般的であり、それを前提に論文をブラッシュアップし、次のジャーナルに投稿し直すのが自然な流れです。論文執筆と投稿は、研究を客観的に見直し、他者に伝える力を養う貴重な機会でもあります。一歩一歩地道に取り組みましょう。
8. 研究倫理
研究は社会の信頼の上に成り立っています。特に医学・疫学の分野では、人の生命や健康に関わる情報を扱うため、研究者には誠実で慎重な姿勢が強く求められます。
研究倫理といえば、まず重要になるのが倫理審査(IRB: Institutional Review Board)です。人を対象とする研究では、インフォームド・コンセント(説明と同意)の取得、個人情報の保護、参加者へのリスク配慮が不可欠です。研究開始前に、所属機関の倫理審査委員会に研究計画書と関連資料を提出し、正式な承認を得ることが原則です。書類の準備には1〜2週間、審査には1〜2か月程度かかるのが一般的で、スケジュールには余裕を持って取り組む必要があります。
また、研究活動では不正行為を防ぐことも基本です。不正とは、データの捏造・改ざん・盗用などを指しますが、悪意がなくても記録の不備や処理の曖昧さが問題になることがあります。さらに、研究を進めるうえで利益相反(COI: Conflict of Interest)の開示も求められます。COIとは、研究者の個人的・経済的利益が、研究の中立性や信頼性に影響を与える可能性がある状況のことです。倫理のルールは単なる形式ではなく、研究者が社会的責任を果たすための土台です。一つひとつの行動が、信頼される研究につながることを忘れずに取り組みましょう。
9. 研究費
研究を進めるには、物品やソフトウェアの購入だけでなく、論文執筆や成果発表にもまとまった費用がかかります。研究費は、あらかじめ申請時に記載した研究目的に基づき、定められた用途の範囲内でしか使用できません。予算の執行には明確なルールがあり、自由に使えるわけではないという意識が必要です。
たとえば、論文を掲載する際には「掲載料(APC: Article Processing Charge)」として数万円〜数十万円がかかることがあります。オープンアクセス(OA)での掲載を希望する場合、その費用は1本あたり20〜40万円程度かかることも珍しくありません。また、英語論文を投稿する際に用いる英文校正サービスも、1回あたり5〜10万円ほどが一般的です。
さらに、学会参加費や出張費(交通費・宿泊費など)も意外に大きな支出になります。国内学会であっても数万円、海外学会となると数十万円に達することもあります。これらを研究費でカバーするには、開催時期から逆算して早めに申請・手配する必要があります。

学部生や大学院生の場合、自分自身の研究予算を持っていないことも多いでしょう。その場合でも、研究に必要な経費は原則として研究費から支出されるべきです。早めに指導教員に相談して、必要な物品や費用を申請・執行してもらうようにしましょう。
なお、研究費を自ら獲得する機会もあります。たとえば、大学や学会が公募している若手向け助成制度、自治体・民間財団の学生研究費支援制度などは、学部生や大学院生でも応募できる場合があります。採択率は高くはないものの、研究の主体性を高める経験にもなるため、積極的にチャレンジしてみる価値は十分にあります。
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